参議院兵庫選挙区 末松信介 こころがいちばん

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平成20年 新年に思う
 皆様、新年あけましておめでとうございます。輝かしい新春をお元気でお迎えになられましたこと心よりお慶び申し上げます。
 昨年末、私の子供3人と家内、そして今年80歳になる母と一緒に映画を見に行きました。仕事を終えた後でしたので、夜の8時50分から始まるレイトショーに行きました。(映画館では、夫婦のうちどちらか一人が50歳以上ならば、夫婦2人の映画鑑賞料金は2,000円になります。勿論、私達もこの「夫婦50割引」の適用を受け、恩恵を蒙りました。ちなみに、60歳以上の方は、お一人でも常に1,000円となります。)
「オールウェイズ、3丁目の夕日」という題名の映画を見ました。久しぶりに、心が和む、良い映画だった、家族で見て良かったと思いました。

 ご覧になられた方もおられるでしょうが、これからご覧になられる方もおられると思います。従いまして、粗筋はここでは書きません。こちらが尋ねてもいないのに、微にいり細にいり話の筋を教えてしまう人ほど、腹立たしい人はいませんでしょうから。

 昭和34年、東京タワーが完成したときの話です。東京の、とある3丁目、下町の人々の話であります。
 主人公は1人ではなくて、みんなが主人公であるというところがこの映画のミソだと思います。そしてこの映画の中での一番大切なセリフは、「お金より大事なものがあるんだな」だと感じました。
 小学校4年生の私の娘が、「お金より大切なものって何?」と映画の最中私に尋ねました。
 娘は「大事なものって、愛かな」と私に続けて言いました。私は娘に「そういうことかな、それと、隣人愛、家族や隣人の方々との絆かなあ」と答えたわけであります。
 芥川賞を目指す売れない小説家の青年役の人、その人を思う踊り子役の「小雪」をさして娘は「あの人たちは夫婦、それとも恋人、それとも同棲」と尋ねてきました。私は娘に「夫婦と恋人の間」と答えました。
 子供は私が知らない間にいろいろな言葉を覚えていくのだなと思いました。

 昭和34年、私が4歳の時であります。少しは自分の記憶の中に残っています。少しというよりも、かなり残っていると思います。
 あまり各家庭にお風呂がなかった時代ですから銭湯がはやっていた。ミゼットという車が走っていた。バタコが走っていた。ボンネットバスが走っていた。
 あたりとかスカがあって、その場で当たり外れが判る抽選式の駄菓子を売っている駄菓子屋さんがはやっていた時代、手動でぐるぐる回しながら濡れた洗濯物を絞る「電気洗濯機」、学校に行けば、給食の昼ご飯はコッペパンに脱脂粉乳、千切りのキャベツ。私の少年時代でした。
 私も懐かしいと思ったのですが、80歳の母はじっと映画に見入っていました。
 昭和34年ですと、私の母は31歳でしたから、私以上にもっと懐かしく感じていたと思います。

 あの時代は、東京オリンピックが開催されることが決まっていつつも、時間がゆっくりと流れていた時代だと思います。みんな元気があって、何もないからみんなで使おう、みんなで作ろう、そういう発想が充満していた時代だと思います。泥棒も少なかったのか、家にカギをかけなくても大丈夫でした。隣人同士が信頼しあえたから、何でも話ができた、お醤油が無くなったらお隣から借りることもできた。今だったら、「コンビニに行かれたらどうですか」と言われそうです。

 だから今は、便利な時代で不幸な時代、満足すべき時代なのに満たされない時代ということが、この映画のヒットの背景にあるのではないでしょうか。もっとも、年金問題をはじめ格差の問題など政治上の課題は多いのですが。

 最近ある講演録を読みました。
 金閣寺とか潮騒を著した、三島由紀夫さんのことが書かれておりました。三島由紀夫さんは、昭和45年、今から38年前に、自衛隊本部のある市ヶ谷庁舎に楯の会のメンバーと一緒に乱入し、そこで割腹自殺を遂げられたわけであります。
 その昭和45年に三島由紀夫さんが書かれた文章が載っていました。優れた感性の持ち主というのは、時代を透徹する力においてすごいものがあると感じました。
 その三島由紀夫さんの述べておられることをここに引用させて頂きます。

 「私はこれからの「日本」に対して希望をつなぐことができない。このままいったら日本はなくなってしまうのではないかという感を日増しに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機質な、空っぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、ある経済大国が極東の一角に残るであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」

 今日の日本は三島由紀夫さんが38年前に述べたとおりになってしまった。ライブドア、村上ファンドの件を見てもそのように思います。
 「日本」をもっと大切にしたいと思います。その上で、「個の確立、新たな公の創出」を目指してゆきたいと存じます。

 衆参ねじれ国会にあって学ぶことも多いです。一方で互いに歩み寄る姿勢が無ければ国益が損なわれることを思い知らされます。

 本年も一日一日を大切に頑張ります。今後とものご支援、何卒宜しくお願い致します。
参議院議員 末松信介

新年挨拶
 新年あけましておめでとうございます。

 健やかに新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。

 早いもので、参議院議員としてこの夏5年目を迎えます。

 昨年は我が自民党にとりまして激動の一年でありましたが、私自身は8月28日から自民党国会対策副委員長を拝命し、「衆参ねじれ国会」の状況下での参議院国会運営の中心となる舞台で‘やり甲斐のある’忙しい日々を送っております。

 現在、予算委員会委員、総務委員会理事、自民党国土交通・総務部会副部会長等を務めております。本会議、委員会、外での会議を除いて、ほとんど終日国会対策委員会室に詰めております。「ピンチはチャンス」という気持ちで、国民生活に支障をきたすことのないように全力投球して参ります。

 地元に毎週末帰ります度に、国会への行き帰りに目にする東京の都心部や東京との往復の際に新幹線の車窓から眺める中京地域の殷賑ぶりと比べますと、相変わらず、実際に肌で感じる経済の活況ぶりには大きな差があることを考えさせられます。

 昨年後半から兵庫県財政の危機的な状況が詳らかになって参りましたが、益々行政改革の実をあげる事が急務となっております。県民生活に多大な影響がでることは必至であります。こうした中でも活力あふれる兵庫、関西を取り戻さなければなりません。旧年中、自民党では地域活性化特命委員会が設置され地域格差の問題が活発に議論されました。関西の復権なくして健全な日本の姿はありえないという認識で取り組んで参ります。

 厳しい「衆参ねじれ状況」を解消するには6年から9年かかると言われております。また近い将来政界再編も充分おきうるものと存じます。しかしその事はともかくとして、この一年、私自身送り出して頂いた皆様の思いをしっかりと胸に抱き、国政での活動を通じ山積する課題の解決に「真剣勝負」で取り組んで参る所存です。

 どうか一層のご指導ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
参議院議員 末松信介



SHINSUKE SUEMATSU