社会福祉法人独自の引当金制度創設を

社会福祉法人の責務
 前回6月13日の提言「社会福祉法人課税論に反対する」では、現在政府内で「社会福祉法人の利益率が民間企業よりも高い」との議論があり、社会福祉法人の介護事業に対する課税が検討されているとし、それが社会福祉法人と民間企業の会計処理の差異による誤解だと申し上げました。今回の提言では、もう少しその点を詳しくご説明するとともに、社会的責任を担う社会福祉法人に相応しい会計基準のあり方について、検討と提言を行いたいと思います。
 そもそも社会福祉法人の歴史は、戦後の混乱期にまで遡ります。国民生活の混乱と窮乏の中、当時寄付のみに基づいて社会福祉事業を展開することは不可能でした。しかし一方で国家の責任としての社会福祉は実現しなければなりません。そこで、国や地方公共団体に代わり社会事業を行なう既存の民間団体に租税上の恩恵と国庫による補助、助成を与え、社会的救済や福祉の増進のための事業を担わせたのが、1951年に誕生した社会福祉法人制度の始まりです。
 現在では、社会福祉法人は、個人からの善意による寄付を募って施設を建築していますが、他方で国や地方公共団体からの補助金も受けています。これは、こうした歴史的経緯を踏まえたものであり、この法人が行う事業や土地・建物に課税することなど、社会福祉法人制度に全くなじまないものなのです。
社会福祉法人独自の会計基準・勘定
 このような歴史を持つ社会福祉法人には、民間企業にはない独自の会計基準・勘定が存在します。その一つが、「国庫補助金等特別積立金(取崩額)」です。
 具体的な金額を例に説明いたしますが、例えば10億円の老人ホームを建設するのに、2億円の補助金を受けたとします。建物引き渡し時に10億円全額払った場合、その年度の損益計算書に10億円分の費用を計上するかというと、そうはしません。
 何故ならば、建物のような固定資産は、入手後何十年間の耐用年数にわたって、その法人や事業に便益をもたらしてくれます。ですので、入手した年度の会計期のみの費用として計上するのは、年度ごとの損益を適正に算出するという会計の原則に反します。これは「期間損益」というルールですが、仮に10億円の建物を、耐用年数10年として使用する場合、初年度にはまず1億円の費用(減価償却費)を計上することになります(※)。
 しかし、10億円の建物ですが、2億円補助を受けていますので、実際の法人の負担額は8億円です。費用を毎年1億円ずつ計上してしまっては、10年間で10億円にのぼり、トータルで2億円余分に費用を計上してしまうことになります。そこで、補助金分2億円も同じく10年で割って、この場合であれば毎年2千万円ずつ収益(「国庫補助金等特別積立金取崩額」)として計上し、費用と相殺することで、毎年8千万円の支出という結果にします。
 しかし、介護事業等によって発生した利益も、この国庫補助金等特別積立金取崩額による利益も同じ収益です。前者は利用者や介護保険等からの現金収入がありますが、後者の場合は建物の引き渡し時に払ってしまったお金です。毎年2千万円の収益と言っても、法人には1円もキャッシュは入ってきません。これが「社会福祉法人儲け過ぎ」論の大きな誤解の原因の一つです。
 民間企業の場合、金融機関等からの借入金によって施設を建設することになりますから、仮に上記と同じ10億円の施設を2億円の金融機関からの借り入れによって建設した場合、2億円は負債として企業の貸借対照表に計上されることになります。その後、毎年の返済金額だけ、負債が徐々に減っていくことになります。
 負債の減少は収益ではありませんので、民間企業は毎年1億円の費用(減価償却費)を計上することができる一方、社会福祉法人のような毎年2千万円ずつの収益が発生しません。この点が、社会福祉法人と民間企業との大きな違いです。
本当の利益率
 全国老人福祉施設協議会の計算によれば、全国の老人施設協議会会員の悉皆調査(回答2,193件)の結果、利益率の平均は5.5%だとされています。仮にこの国庫補助金収入が金融機関の借入金等であり、民間企業と同じ会計処理として、上記で言うところの毎年2千万円の利益計上がない場合、利益率は1%程度まで下がるとされています。一般企業の利益率の平均が4.5%ですから、同じ会計の条件で比較した場合、社会福祉法人の経営はむしろ大変苦しいものであると言えます。
 こうした分析に対して、民間企業は借入金を返さなければならないが、社会福祉法人は補助金だから返す必要がなく、やはり優遇されている、という反論もあります。しかし社会福祉法人の場合、収支差額により生じた繰越金は、公益性のある社会福祉事業にしか活用できません。特養ホーム居住費は平成17年10月から介護報酬外(利用者負担)ですが、低所得利用者の方も多く、全額費用転嫁することも出来ていません。
 民間企業は営利を追求することができますので、金融機関からの借入金を元に利殖することももちろん自由です。借入金を何に使うかもその企業の戦略次第ですし、利用者を選ぶこともできます。しかし社会福祉法人は公益的事業を行なう法人の性格上、所得の多寡で利用者を選別することがあってはなりません。更に言えば、社会福祉法人の資産は最終的には国に帰属し、みだりに目的外使用に散じることができません。このように社会福祉法人は法律上の制約が多く、低所得者や過疎地へのサービスという社会的責務も有する一方、補助率は近年激減しています。
 「貯め過ぎ」批判、すなわち内部留保が多いのではないか、との批判についても、繰り返しになりますが上記の国庫補助金等特別積立金取崩額の毎年2千万円の収益は、帳簿上だけのものでキャッシュを伴っていませんから、それが積み重なった内部留保についても帳簿上だけのもので、実際の資産が法人に蓄積されているわけではありません。現に上記の全国老施協による悉皆調査でも、全国の法人の平均値で、現預金は内部留保の約1/3しかないとされています。
 地域のお年寄り、要介護者の皆様を預かる中、老朽化した施設をいつまでも利用するわけにはいきませんし、取り壊したままにして、利用者を路頭に迷わせることは社会的に許されません。ですから必ず大規模な新改築が必要となります。しかし、そのための資金を蓄積するだけの余力が十分ない社会福祉法人も、近年の補助率の低下により出始めています。そうした現状を無視して、建前だけの民間事業とのイコールフッティングを強調していたずらに課税強化しても、取り残されたお年寄りと要介護者の皆様にしわ寄せがいくだけです。
実態に近づける会計基準の改正を
 まず大事なことは、この社会福祉法人の会計基準に特有の、見せかけの利益率と内部留保を適正化する会計基準の改善を行うことです。
 社会福祉法人の収益と内部留保は、理事長等の個人に帰属することは永遠にありません。また持ち分もないので、民間企業のように株主に分配されることもありません。専ら、今利用しているお年寄り、要介護者の皆様が、心安らかに終の棲家として利用できるよう、施設を常に適正に、安全に保つ修繕及び新改築等の施設整備のために用いられるべき性格のものです。
 このように、用途は限定されていながら、一般的な繰越利益剰余金として計上しているため、関係者による浪費や簒奪が行われているのではないか等、法律上ありえない誤解や邪推を招く結果となっています。
 そうであるならば、目的が限定されていて、かつ将来の出費が確実視されているのですから、新改築にかかる金額を引当金として計上することを、会計基準上義務化するなどの方策が必要ではないかと思います。
 具体的には、現在保有している施設と同等規模の施設を新築する際の見積価額を算出し、現在利用中の施設の耐用年数で割った金額を毎年引き当てることを義務化することです。こうした引当金制度の整備は、社会福祉法人会計の透明性向上、ひいては公費の縮減にも資するものです。
 更に言えば、多くの低所得者のために行う事業や減免等の地域社会貢献事業のための積立制度を設けることも、社会福祉法人の役割の具現化の一策として、検討に値すると思います。
 いずれにせよ、地域のお年寄りや要介護者の皆様を、営利化の波の中で見殺しにしてしまうことだけは、何としても避けなければなりません。引き続き、自民党所属の参議院議員で構成する介護議員連盟の幹事長として、この問題に全力で取り組んで参りたいと思います。
※ここでは、計算をわかりやすくするために耐用年数10年、残存価額0円で計算していますが、例えば特別養護老人ホームの建物の耐用年数は39年であるなど、構造・用途等によってそれぞれ法定耐用年数が定められています。

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