医師・薬剤師ともに活躍できる医薬分業の確立を

 医療機関や診療所が直接患者に薬を交付せず、患者が医療機関の外にある調剤薬局で薬を受け取る仕組みを「医薬分業」といいます。薬の専門家である薬剤師によって、重複・過剰投薬や飲み合わせのチェック、服薬指導を行なうことで、患者の安全性や医薬品の有効性を高めることがその目的です。
 平成25年版厚生労働白書にも、「医薬分業の利点」として、「薬の効果、副作用、用法などについて薬剤師が、処方した医師・歯科医師と連携して、患者に説明(服薬指導)することにより、患者の薬に対する理解が深まり、調剤された薬を用法どおり服用することが期待でき、薬物療法の有効性、安全性が向上する」と記載されています。
 医薬分業はまさに、これまで厚労省が先頭に立って推進してきた「国是」です。
医薬分業の歴史
 日本では1874 年の「医制」制定以来、医師の調剤が原則的には禁止されています。現行の薬剤師法においても、第19条に「薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない」と規定されており、医師等による調剤は、患者による希望があった場合(同条第1項)や、応急措置等の一定の条件下に限定されています(医師法第22条)。
 しかし実態としては、医師による調剤は一般的に行なわれています。いわゆる「医薬分業法」が成立してもしばらくは、薬価と仕入れ価格の差である「薬価差益」が医療機関にとって重要な収入源であったため、院外への転換は全く進みませんでした。
 その後、利益優先の医師や医療機関による薬の過剰投与、いわゆる「薬漬け医療」の問題がマスコミ等で喧伝されるに至って、政府は医薬分業に本腰を入れ始めました。そのとき法による強制的な医薬分業も議論になりましたが、結局は今日まで見送られています。
 その分業義務付けの代わりに政府が選んだのは、院外処方を公費で優遇するインセンティブ方式でした。具体的に言えば、1974年に処方せん発行料が100円から500円に大幅に引き上げられ、処方料を上回る結果となりました。処方せん発行料は院外処方のための処方せんを発行した際に得られる報酬で、処方料は病院で薬を調剤した場合の報酬です。
 2015年現在、処方せん発行料680円に対して処方料420円ですので、この差額だけ見ても、病院側には院外処方のインセンティブがあります。この1974年の処方せん発行料大幅引き上げ以降、薬価差益も年々圧縮されていったため、院外処方は爆発的に普及し、後に1974年は「分業元年」とも言われることになりました。1972年にほとんどゼロ%だった医薬分業率は、2013年現在67%にまで拡大しました。
「調剤バブル」と規制改革会議
  しかし、医薬分業率が増えるに並行して、調剤医療費も右肩上がりで増加し、1995年度に1兆3千億円程度だった調剤医療費は、現在7兆円近くにまで膨れ上がりました。2010年にとある薬局チェーンの社長の報酬が、国内最高額の4億7700万円にまで上ったと報道されて以来、マスコミの間では徐々に「調剤バブル」が喧伝され始めることとなりました。
 また、調剤薬局の収入の中核を成す調剤技術料は、処方せんを何枚扱ったかで決まるため、大病院の近くに門前薬局を構えさえすれば、ほぼ確実に儲かる仕組みが出来上がりました。そのため、病院の門前立地を巡る競争もバブル化しました。
 2013年10月に兵庫県小野市に開院した北播磨総合医療センターの門前に位置する調剤薬局用地に関する入札で、薬局チェーン2社が14億円を超す破格の値段で落札したことが大きな話題を呼びました。1㎡当たりの値段は、市内住宅地の公示地価の数十倍、センター側の購入価格の約350倍にも上ったといいます。
 こうした流れに冷や水を浴びせたのが、政府の規制改革会議です。同会議の委員でもある日本総合研究所副理事長の翁百合氏が今年の2月13日、「働く女性の声を発信するサイト」を標榜する「イー・ウーマン」(www.ewoman.jp)のサイト上で、「病院と薬局の分離。メリット感じていますか」という議題の公開ディスカッションを開催。
 その中で翁氏が強調したのは、院内処方と院外処方の費用負担の差でした。「内服薬を7日分処方、お薬手帳を使用した場合のひとつの計算例」として掲げられた図は下の通りでした。
図 院外と院内の診療報酬の比較(計算例)
(出典:「イー・ウーマン」(www.ewoman.jp))
 全く同じ薬を処方してもらう場合でも、院内処方、即ち病院の中での調剤であれば720円で済むのが、門前薬局、すなわち病院の外で薬を受け取る場合、1850円になります。実際の患者負担はこの3割以下ですが、それでも多くの負担を医薬分業のために強いられている、と多くの方が感じた様です。
 サイトで行われたアンケートでは、「医薬分業のもと進められている院外処方のメリットを感じられない」という意見が全体の8割を占めたといいます。
 この余波を受けたのが規制改革会議でした。2015年1月28日に開かれた同会議では、突然「公開ディスカッション(第2回)のテーマ追加について」と題するペーパーが配布され、「医薬分業における規制の見直し」が3月12日の公開ディスカッションのテーマとして追加されることが決まりました。
 以後関係者に大きな衝撃を与えることとなった同ペーパーには、「院内処方として医薬品を医療機関で受け取るよりも、院外処方として薬局で受け取る方が、患者の負担額は大きくなるが、負担の増加に見合うサービスの向上や分業の効果などが実感できないとの指摘もある」との厳しい文言が盛り込ました。
 医薬分業への誘導のために多くの調剤医療費予算を費やしているのですから、その効用は患者や国民にとって明示的でなければならないことは言うまでありません。
負担の増加に見合うサービスとは
 それでは規制改革会議が言う「負担の増加に見合うサービスの向上や分業の効果」についてはどうでしょう。
 そもそも調剤薬局では原則として処方薬の内容しか得られません。したがって患者に服薬指導をするといっても処方した医師の意図も、患者の検査値も、過去の受診歴も、何も分からない状態で行わなければならず、患者に対する情報提供といったところで、自ずと限界は見えています。
 やはり検査結果であったり、血圧の数値等の情報を見ながら判断し、患者さんに適切で、しかも丁寧なコミュニケーションをとりながら服薬指導を行なうことが一番望ましいと言えるでしょう。十分な情報がない中で十分な服薬指導を行なうことは難しいのです。
 そうした現状を打破しようと、電子処方せんによるカルテの一部情報の共有などが現在試行・検討されています。2010年末には、香川大学病院と香川県内の31薬局との間で、電子処方箋の実証実験がスタートしています。検査値や病名など、医師のカルテの一部も閲覧参照することが可能です。医師へのフィードバック機能も備えているとも言います。
 今後の医薬分業を考えるにあたっては、前提としての薬局薬剤師と医師との情報共有を、しっかりと確保する策を検討しなければならないでしょう。
国民に信頼される薬局・薬剤師に
 いずれにせよ、薬剤師が国民から信任されて、その結果分業が進んだのであれば、今後も着実に定着・普及していくでしょう。しかし、医療機関や薬局側の経済的要因のみで進んだ分業であれば、政府の方向転換によって簡単に衰退してしまいます。
 診療を受けた病院の数と、同じ数だけのかかりつけ薬局を持つという今の現状を改め、自分の住まいを拠点とした地域の一番身近な薬局で、複数の医療機関の処方を一元化してもらうことこそが、一番望ましいあり方だと思います。それによって、重複投薬や飲み合わせの禁忌のチェック等をすることができます。
 同時に、これからの薬剤師は、「外に出る薬剤師」を目指していかなければならないでしょう。一人暮らしのお年寄りの方が増えてくる中で、患者の利用と相談のしやすさを一番に考えたサービス形態というものを、考えていく必要があると思います。
 究極的には、処方箋を受け取るために患者のところへ赴き、調剤と服薬指導を行なうという形態も、十分検討に値すると思います。、そうした取り組みの中で、門前薬局が多い現状を変え、地域のかかりつけ薬局を増やすことにつながっていくのではないかと思います。
 どれだけ門前薬局の実態が批判されようとも、患者にとって薬剤師の存在が大きいことには違いありません。医師は患者に薬の飲み方や注意事項を説明しますが、理解されないままに診察室を出てしまった場合、最後の砦が薬の受け渡しの際の薬剤師の関わりであり、メッセージです。
 今後、薬剤師の存在意義とは何か、という根本命題ともからめながら、この医薬分業については規制改革の大きなテーマとして政府及び国会で取り上げられることになると思います。今後議論にも積極的に参加して参りたいと思います。

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