ご挨拶

 東北地方太平洋沖地震で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
 地震規模は国内観測史上最大のマグニチュード9.0、あの阪神淡路大震災を大きく上回る地震とのことです。だんだんと被害の実態が明らかになってきていますが、壊滅状態になった三陸海岸沿岸の様子や、死者の数が1万人を超えるというような情報に接すると、阪神淡路大震災の時の記憶がよみがえり、現地の方々の悲しみが思いやられ、暗澹とした気持ちになってきます。加えて、原子力発電所の事故が、人々の気持ちをより不安なものに追いやっているのが現状です。
 地震当日の私のことを申し上げます。地震の時刻は神戸に帰るため、14時50分の東京発、広島行きの新幹線車内で発車を待っていました。そこへ地震が発生し、すぐに乗客の方が心配そうに立ち上がりホームに出ました。大きな地震、しかも阪神淡路大震災の時より、揺れは長いものでした。そんな中、ホームにおられた皆さんは、慌てることなく冷静に対応されていました。2分程して揺れがおさまったので、架線、線路の点検で時間がかかると思い、東端の日本橋側改札口に向かって歩き始めました。その時、ホーム内の立ち食いうどん屋さんで働いている人に、駅員の一人が「ガスを消せ」と大きな声で指示をしているのを見て、皆が災害時のマニュアルを守って行動していることが分かりました。
 階段を降りて、改札の外に出ると、大勢の人々が上を見上げているのです。どうしたのだろうと空の方に目をやると、なんと、高層ビルが大きく左右に揺れているのが肉眼で分かるのです。免震構造だからこそ大きく揺れているのだと思うのですか、正直唖然としました。
 飛行機も飛ばないと言うことを聞き、帰省を諦めて、議員会館に戻りました。途中、そこを一番安全な場所と考えたのか、大勢のビジネスマンが皇居周辺に詰めかけているのを見ました。
 戻った議員会館では、電話はかかりにくくなる、エレベーター、暖房はストップという状態で、聞くと室のスタッフは地震動のあまりの大きさに机の下にもぐっていたとのことです。当日は会館の方で、宿泊にそなえて非常食、毛布が用意されましたが、スタッフ共々帰宅することにしました。その帰路、車中から、深夜真っ暗な中を歩いて帰宅する人々の列を見て、緊急時の大都会の弱点を知らされることになりました。
 私たちが16年前に体験した阪神淡路大震災は、高度に都市化した人口密集地域の直下で発生した地震でした。それに対して今回地震が発生した東北地方は、豊かな自然環境の中に高齢者が多く住む、日本の原風景ともいうべき地方です。
 地震は日本人が心の故郷とする原風景を瞬時に破壊したのです。またこの地域には、現代技術の象徴ともいうべき原子力発電所が点在していますが、その安全神話も崩れつつあります。まさに我々日本人が長い間、依って立ってきた文明の危機と言えるでしょう。このような時、国政をあずかる政治家として何をなすべきなのか、震災からまだ5日、暫くは試行錯誤になるかも知れませんが、阪神淡路大震災の経験をも踏まえながら、東北地方の皆様のため、そして国家のため、全力を傾けていくつもりでおります。またこれからの活動に関し、皆様から、有益な助言、ご示唆をいただければ幸いです。
参議院行政監視委員長 末松信介

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