少子化対策(1)「まずは男性の意識改革から」

待ったなしの少子化対策
 今、日本における少子化対策は待ったなしのところまで来ています。
 わが国の合計特殊出生率は戦後断続的に下がり続け、1990年には1.57にまで低下し、当時「1.57ショック」とも言われて、国中の論議を喚起しました。しかし、その後も下がり続け、2005年には過去最低となる1.26にまで下落。少子化対策はこの20年余、常にわが国の最重要課題の一つとして位置付けられてきました。
 1994年に、政府として初めての本格的な対策として、「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」(通称エンゼルプラン)が策定され、その後も数次にわたり様々な少子化対策が講じられてきました。しかし、これまでの少子化対策については、それが目に見える成果としてなかなか実感されていないのが現状ではないかと思います。
 戦後生まれの第一次ベビーブーム世代は、多くが結婚と出産を通じて第二次ベビーブームをもたらしました。しかし、第二次ベビーブーム世代は第三のベビーブームを生むことなく、出生率の低下傾向は続いています。この第二次ベビーブーム世代が30歳代であるのは2010年代中旬まで。以降は、母親となる人口の絶対数が激減していきます。その意味からも、少子化対策は今、待ったなしなのです。
50年後に1億人保持
 経済財政諮問会議に設置された専門調査会「『選択する未来』委員会」は、今年5月の報告書「未来への選択」の中で、「国民の希望どおりに子どもを産み育てることができる環境をつくることによって、人口が50年後においても1億人程度の規模を有し、将来的に安定した人口構造を保持する国であり続けることを目指していく」と謳っています。
 この委員会の人口1億人目標が大いに注目されたのは、これまで日本には、出生率や人口規模についての具体的な目標が存在しなかったからです。その意味で、とりあえず1億人という目標を明確にしたことは、画期的なことと言えるでしょう。
 また同報告では、人口規模と出生率の関係について、次のように述べています。「仮に、2030年までに合計特殊出生率が人口置換水準(人口を一定に保つことができる出生率)である2.07まで急速に回復し、それ以降同水準を維持したとしても、50年後には人口は1億600万人まで減少し、人口減少が収まるまでには今から約80年の期間を要することになる」
 つまり、1億人程度の人口規模を維持する」という目標を掲げというることは、「2030年までに出生率を2.07まで引き上げる」という目標を掲げたのと同じだということです。
 「国民の希望どおりに子どもを産み育てることができる環境をつくることによって」人口規模1億人を維持するという目標は、言い換えれば「国民が希望通り子どもを産めば、出生率は2.07になる」と言っているに等しいと言えますが、その点はかなり難しいと言えるでしょう。
 というのは、「結婚を希望する人は結婚し」「結婚後も希望通りの出産・子育てが実現する」と仮定した時の合計特殊出生率(これは「潜在的出生率」と呼ばれます)について、これまで政府は1.75程度としてきました。つまりは、出生率2.07を実現するためには、「国民の希望どおりに子どもを産み育てる環境を整備する」だけでは足りず、希望する子供の数そのものが増えるような施策を推進していく必要があるのです。
男性の就業環境の改革が重要
 それでは、希望するこどもの数を増やすこと、すなわち出生率を上昇させるには、具体的にどうしたらいいのでしょうか。
 2011年 内閣府経済社会総合研究所が1990年代の後半から現在に至るまでに、国内で実施された、少子化に関するあらゆる研究を網羅したとりまとめ調査を行ないましたが、それによれば出生率には専ら男性側の様々な要因が影響することが明らかになっています。
 まず明らかになっていることは、夫の就業時間、通勤時間が長いと出生率を引き下げるということです。
 近年男性就業者が仕事に費やす時間は増加傾向にあり、特に子育て世代である30代の男性就業者の5人に1人は週60時間以上の長時間労働であるとされ、他の年代と比べて最も高い水準にあるとされています。
 厚生労働省がみずほ総合研究所に委託して実施した都道府県別の分析でも、男性の平均就業時間(通勤・通学時間を合む)が長い都道府県ほど、出生率が低い傾向が見られたそうです。
 一方で、夫の就業時間と育児・家事参加の関係については、夫の労働時間を短縮することが、家事・育児参加を促進するという結果が示されています。子育て世代である30代男性の多くは長時間労働をしており、そのことによって子育て世帯の夫の男性の家事・育児参加が阻まれていると言えます。
 また、通勤時間が長くなるほど出生率が下がる傾向があり、これは例えば夫の通勤時間が長いと、それだけ子育てに参加する時間が限られ、出生が抑制されることを示していると思われます。
改正育児介護休業法
 もうひとつ、数多の調査のとりまとめから明らかになっていることは、男性の育児休業の取得が出生率を押し上げるということです。
 父親が育児休業を取得すると、その期間は父親が主体的に育児にかかわるため、父親の育児スキルが高まります。また、育児経験を通して育児の精神的・身体的負担についての理解が深まるため、休業期間が終わった後も父親が積極的に育児にかかわり続け、母親の負担や孤立感を軽減する効果が期待できるのです。
 しかしわが国の男性の家事・育児参加は依然遅れたままです。男性の育児休業取得率は1.89%(2012年)にすぎず、取得期間も約4割が5日未満と非常に短くなっています。6歳未満児のいる男性の家事・育児時間は、1日平均1時間にすぎず、欧米諸国の3分の1程度とされています。
 西ヨ一ロッパ諸国では、年次有給休暇は原則として100%取得が基本となっているようです。休暇取得に対する権利意識の強さが、男性の育児休業取得につながっているとの指摘もあります。
 こうした現状を踏まえ、10年に施行された「改正育児介護休業法」では、男性の育休取得を促進するため、父母がともに育休を取得する場合は、取得期間を2カ月延長する制度(「パパ・ママ育休プラス」)などが盛り込まれました。更に母体の回復期である産後8週間に父親が育児休業を取得する場合、その後に父親が2度目の休業を取得することが可能となったのです。
 また、育休取得時の収入減を軽減するために、育児休業給付を引き上げるよう、雇用保険法も改正されました。今年4月から、育休開始から6カ月の間は給付率が休業開始前賃金の67%となりました(これまでは50%)。
 わが国では育児の負担が母親に偏りがちで、このことが、仕事を持つ女性の約7割が第1子の妊娠・出産後に離職する一因となってきました。また、核家族化や地域社会の崩壊によって母親が孤立しやすい状態のなか、すでに子どもがいても、夫の育児参加の度合いが低い夫婦では、妻がそれ以上子どもを欲しがらない傾向が高まることが、国立社会保障・人口問題研究所の調査でわかっています。
 日本と同じように少子化に苦しんだドイツも、わが国に先立って、育児休業の67%補償、2か月延長を導入し、父親の育児休業取得が増加したとされますが、更にドイツでは、育児のための短時間勤務にも収入補償を導入しました。日本にも大いに参考になる取り組みではないでしょうか。
晩婚化・非婚化
 最近では、少子化問題と絡めて晩婚化・非婚化という社会現象への関心も強まっています。
 未婚率の推移をみてみると、近年男女ともにほぼ一貫して上昇傾向で推移しており、例えば、30~34歳層では男性の2人に1人、女性の3人に1人が未婚という状況になっています。当然のことながら、結婚しない人が増えればそれだけ子どもの数が減少することになります。
 一方、晩婚化の状況も、平均初婚年齢は男性が30.4歳、女性が28.6歳(2009年)と上昇を続けており、それに伴い母親の平均出産時年齢も上昇しています。母親の年齢が高くなると出産を控える傾向がみられ、晩婚化・晩産化もやはり少子化の要因となります。
 非婚化は、バブル崩壊や硬直的な労働市場の歪みが、就職氷河期世代に集中してしわが寄せられたことで生じているとも言われています。そうした世代に多い非正規雇用者の賃金は低い上に、正規雇用への登用の途が極端に細くなっているため、総じて年収が低くなっています。
女性が結婚相手に求める年収(=最低400万円、可能であれば500~700方円)を満たさない男性が増えており、その結果、男性側では「結婚資金が足りない」と金銭面を理由に諦婚化(ていこんか:結婚をあきらめてしまう現象)してしまう傾向が見られるのです。
 特に近年は20~30代の男性の間で、不安定な非正規雇用者や、正社員でも年収300万円未満の割合が上昇するなど、子育て世代の雇用所得環境が悪化しています。共働きで育児できる環境が整わなければ、出産に踏み切れないのは当然とも言えます。
財政支援が必要
 この問題は単なる人口問題の範疇にとどまらない、わが国社会全体を取り巻く大きな問題です。同一労働同一賃金の促進、言い換えれば「働きに応じた賃金」の徹底、既存の労働者の既得権益をシェアする改革、そして日本型雇用慣行の是正等が検討に値するでしょう。
 少子化の進展は、これまで女性の社会進出や晩婚化と開運づけられ、「女性の問題」とされることが多かったですが、以上のような調査結果からも、仕事と家事・育児の両立について論じるには、パートナーである男性の働き方、男性の育児参加への意識改革にこそ注目する必要があります。
 これまで挙げた、男性の労働時間・勤務時間の減少と、育児休業の取得拡大、そして子育て世代の待遇の改善は、単なるかけ声や奨励等では解決しない、わが国の社会構造、労働市場構造の全体に関わる問題です。そして何より公的な財政支援が必要不可欠な問題です。
 逆に言えば、子育て期間中は短い労働時間でも生活でき、育児のための休暇を家計や職場に気兼ねなく取得でき、子どもを2人以上養っても十分生活できる雇用・経済環境を確保すれば、出生率は改善されるのです。こうした施策に必要な財政が、先進国日本にとって到底不可能な規模であると私は思いません。
 男性の意識改革こそ必要ですが、そのために政府が精一杯応援してあげなければ、「結婚しない女性が悪い」「子育てしない男性が悪い」と責任の押し付け合いのみ終始し、永遠に問題が解決しないまま、わが国は衰退の一途を辿ることになってしまうのです。
 少子化の克服に成功した諸外国の例も参考にしながら、いかに効率的に予算を配分し、子育て世代に回すかということこそ、少子化対策の肝ではないかと思います。
((2)「社会全体で子育て費用の捻出を」につづく)

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