「介護離職ゼロ」達成のために「介護『職』離職ゼロ」を

 安倍総理は、新しい政権戦略として「新・三本の矢」を掲げ、その中の一つに「介護離職ゼロ」を打ち出しました。
 親の介護のために仕事を辞める人は年間10万人前後に上ります。特に「団塊ジュニア」と呼ばれる働き盛りの40代、50代が多く、多くの企業では管理職の年代に当たります。
 一方、現在特養の入所を待つ待機者数は、2013年度で52万人に上っています。要介護3以上に限れば約15万人ですが、人口の多い団塊世代の高齢化とともに今後10年間でさらに増え、2025年には20万人を超えるとされています。
 介護離職ゼロに向けて、安倍総理はまずはこの15万人をゼロにするため、2016年度当初予算から特養の整備費用を拡充し、増設を加速します。
 しかしこの目標達成の前には深刻な問題が存在します。それが働き手不足です。既に都心部では、空き室があってもスタッフが確保できず、新規の入所を断っている介護施設もあります。東京でも、人手不足のためにベッドの7割しか稼働していない施設が出始めているといいます。
 2014年10月の厚労省「介護保険事業状況報告」によれば、介護保険制度における要介護・要支援の認定者数は600万2千人。介護保険施行時の2000年には256万人であったことを考えれば、14年間で2.3倍になった計算です。
 認定者数は2025年度には約830万人に至ると厚労省は推計しており、それに対する介護人材は253万人必要ですが、今のままだと38万人不足するとされています。
介護職の離職を防げ
 介護人材不足をもたらす要因の一つとして、高い離職率がしばしば挙げられます。
 公益財団法人介護労働安定センターの「平成25年度介護労働実態調査」によれば、施設系介護職員の平均離職率は、17.7%となっています。一方離職率の全産業平均は、厚労省「雇用動向調査」によれば、平成25年で15.6%です。
 この差2%をもって、介護職の離職率は高いのか、それとも高くないのかという議論がありますが、いずれにせよ介護職の離職率を全産業平均まで下げることが可能であれば、人材不足の事態は劇的に改善する可能性があります。
 というのも、現在の介護職員を約170万人として、仮に離職率を2%改善できたとすれば、それは新たに年3.4万人の人材を確保するに等しいこととなります。2025年までの10年間で延べ34万人にもなります。
 つまり、離職対策の如何によっては、2025年に38万人不足するという「2025年問題」の克服は、十分可能なものとなりうるのです。
 離職率を2%下げるための具体的な取り組みとして、厚労省でも様々な施策を検討しているが、何はともあれ大事なのは、賃金や就労環境の向上といった処遇改善でしょう。
 厚労省「平成二十五年賃金構造基本統計調査」では、施設系介護職員の平均賃金は21.9万円であり、全労働者平均32.4万円と比較しても10.5万円も低くなっています。
 離職は賃金だけが原因ではないとの声もありますが、全労働者平均の三分の二しか賃金がもらえていない実態が、離職率に影響していない訳がありません。
 まずは一刻も早く、全労働者平均額への到達を図ることが必要であり、そのためにも近年、介護報酬改定の度に組み込まれてきた介護職員処遇改善手当等の加算を、更に拡充させることが重要でしょう。
 同時に、働き続けられるための就労環境の改善も重要です。特に、介護職員の八割が女性であることからも、出産・育児など子育て支援を含めた環境整備は急務です。労働時間短縮、年休の完全取得、育児休業・介護休業の取得、職場内保育所の充実等の整備についても、至急対策が必要とされます。
 就労環境の面でもう一つ重要なのは、もはや当たり前のものになってしまっている過密労働の改善です。2008年、日本医療労働組合連合会が介護職員らを対象に行った調査では、42%が「十分なサービスが提供できていない」と回答し、そのうち73%が「人員不足による過密労働」を理由に選んでいます。
 さらに、過去一年間に、高齢者の転倒や転落などの事故を起こした人は45%。事故の原因としては、「現場の忙しさ」が72%で最も多く、次いで「人員不足」が46%だとのことです。
 現在、制度的には基本的に要介護者3人に対して一人以上の介護士、もしくは看護師の配置が義務付けられているが、一般的には介護士等の負担を考慮して、2.5人に一人、もしくは2人に対して一人の介護士等といった、法令よりも手厚い人員配置を行なっている施設が大半です。
 それを鑑みれば、介護職員配置基準の最低基準を現在の3対1から2.5対1、若しくは2対1へ改善させること等も検討に値すると思います。
 しかしその場合、2006年年度診療報酬改定において、入院患者に対する看護職員の配置基準を引き上げる診療報酬点数(「7対1入院基本料」)を新設したのを契機に、看護師の労働力不足問題がより顕在化し、今なおその是非についての論争が続いていることも考えなければなりません。安易な最低基準の変更には慎重な声もあるのが実情です。
 いずれにせよ、出来る限りの施策を総動員して、介護職の離職率を引き下げることです。介護職の離職がゼロに向かう程、要介護者の受け入れ可能人数は増え、介護を理由に離職する人も減ります。
 「介護離職ゼロのために、まずは介護『職』離職ゼロを」
 この問題意識をしっかりと持つ必要があると思います。
介護政策は現役世代への支援
 介護政策の議論では、「現役世代VS高齢世代」という誤った二項対立論がベースとなり、結果として介護サービス抑制の方向性で議論が進みがちですが、介護サービス抑制が進めば、家族や地域社会に介護の負担が転嫁され、現役世代を職場から退場させ、最終的にはマクロで見た日本経済全体、日本の社会構造全体に大きなマイナスの影響を残します。
 もし介護離職問題が深刻化すれば、就労はもちろん、保育、子育てなどももっての外で、少子化対策にも影響を与えます。その意味で、介護離職ゼロ対策は、高齢者支援ではなく、むしろ現役世代に対する支援でもあるのです。
 介護政策は高齢者施策ではなく現役世代への支援であり、少子化対策でもある。こうした視点を、今回安倍総理が「介護離職ゼロ」というフレーズで提示されたことは、大変意義深いことだと思います。
 国家百年の計に責任を持つ与党自民党の一員として、この介護離職ゼロに私も全力で取り組んで参りたいと思います。

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