2014.06.13 提言 社会福祉法人課税論への反論 これまでの経緯を無視した課税論 現在、政府税制調査会の法人課税検討グループで、社会福祉法人の介護事業に対する課税が議論されています。民間事業者との競争条件を公平にするため、非課税措置を見直すことで合意したとの報道もあります。 この短絡的な社会福祉法人課税論は、実は今に始まったことではありません。既に昨年末、政府の規制改革会議でも議論があり、「上場企業より利益率の高い法人があるにもかかわらず法人税も固定資産税も払っていない」などの指摘がされており、今回の議論と同根とも言えるものです。しかし私は、昨今のこうした議論の流れに強い懸念を持っています。 営利法人と同等の課税を行なうということは、介護を行う社会福祉法人に、一般企業と同じように営利性や合理性を求めるということです。自然と収益が上がらない地方や24時間介護からは撤退が進むことになりますし、また、これまで社会福祉法人の非課税扱いにふさわしい地域貢献のあり方が議論されてきましたが、ここにきて急に課税するとなれば、これまでの議論は何だったのか、朝令暮改甚だしいという感じがします。介護事業の営利化 介護事業を行う社会福祉施設の経営主体は、介護保険制度が導入された2000年には社会福祉法人が全体の55%を占めていたのに対し、営利法人(民間事業者)は6%でした。しかし、11年度は社会福祉法人が45%に減り、営利法人は32%に拡大しました。今後社会福祉法人が課税されるのであれば、更にこの境界線は曖昧なものになり、社会福祉法人が撤退する代わりに営利法人が主体的になっていくでしょう。 社会福祉法人はその設立目的に従って、営利度外視の公益事業を進めることができますが、営利法人がそれを行えば、株主代表訴訟や、最悪背任で訴追されるおそれもあります。従って制度上、営利法人に収益の上がらない地方・地域での介護展開を期待することはできません。社会福祉法人が撤退し、営利法人のみが介護事業を行うようになれば、見殺しにされるのは、地方の要介護者や低所得者の方々です。会計基準の違い 今回のそもそもの議論の発端は、「社会福祉法人の利益率が民間企業よりも高い」というものですが、これも一般企業と社会福祉法人の会計基準の差異に対する無認識と誤解によるものです。 社会福祉法人会計基準では、国庫補助金を受けた購入した固定資産の減価償却費の処理について、補助金を受けた割合相当分、「国庫補助金等特別積立金取崩額」という特殊な勘定で減価償却費を相殺することになっています。全国の老人施設協議会会員の悉皆調査(回答2,193件)の結果、利益率の平均は5.5%だとされていますが、これを仮に一般企業の会計基準で計算した場合、国庫補助金等特別積立金取崩額による減価償却費の相殺分が4.5%に上るため、利益率は1%程度になるとされています。一般企業の利益率の平均が4.5%ですから、同じ会計基準で計算して比較した場合、社会福祉法人の経営は大変苦しいものであると言えます。 また内部留保についても、減価償却によるキャッシュの留保額は、施設整備に要した資金のうち、自己負担分の減価償却費に限定されることになるため、次期繰越利益として計上されている額に対して、実際のキャッシュはごく一部であり、そのまま次期繰越利益の金額に課税をすれば、たちまちショートする社会福祉法人が続出することになります。 単純にイコールフッティングの議論がされていますが、株式会社と異なり、社会福祉法人は株式会社や医療法人のような利益分配が出来ません。こうした会計上、制度上の多くの差異を無視し、内部留保の会計帳簿上の額が大きいから即課税だ、そうしなければ民業圧迫だ、というのは、あまりにも短絡的な議論ではないでしょうか。深刻化する人材難 問題はまだまだあります。既に介護報酬の引き下げが断行されており、社会福祉法人の内部留保も減少の一途をたどる中で課税が強行されれば、介護職員の待遇は一層悪化することになります。そうなれば、今でも3K職場と言われるこの業界は、一層人材不足に陥ることになるでしょう。 介護サービス事業は、一般の事業と違い、介護保険という社会保障制度を使うという特殊な事業ですから、需要と事業性は一致せず、純粋な市場原理に基づいて需要と供給がバランスするわけではありません。非営利の社会福祉法人が行う訪問介護と民間企業が行う訪問介護の役割は違うはずですから、困難ケースの受け皿となる事業者は必ず必要となります。 人材難の中、今後民間の訪問介護・通所介護などの事業者は収益性・効率性を高めるために、利用者の選定を行うところもでてくるでしょう。そうなると、福祉的なサポートが必要な難しいケース、手間のかかるケースは、一番初めに介護サービスを断られるということになります。社会的な役割の一環として、低所得で生活が困難な方々に介護保険サービスの提供を行う社会福祉法人の、そもそもの存在意義に関わる問題です。 介護は大変人手や経費がかかる事業です。自治体から毎年のようにいろいろな名目での補助金を受け、ようやく成り立っているのが実態です。その頼みの補助金自体、毎年のように削減され続けているのが現状ですが、社会目的のために一方では自治体から補助金を受けながら、一方で国に法人税として徴税されるのであれば、これは地方から国への資金の簒奪に過ぎません。固定資産税については自治体への補助金の返金に過ぎません。これは国民にとって何の意味、何のメリットがあるのでしょうか。 もともと介護サービスは1割自己負担で、ほとんどは公的介護給付を財源としています。それに課税するのは公金に課税するようなものですし、もっと言えば社会福祉法人は解散した場合の残余財産は、原則国庫に返還される公的な存在ですが、それに対する正当性についても、大きな疑問があります。社会福祉法人の責務とは 社会福祉法人の根拠法たる社会福祉法の第一条には、「福祉サービスの利用者の利益の保護及び地域における社会福祉(以下「地域福祉」という。)の推進を図るとともに、社会福祉事業の公明かつ適正な実施の確保及び社会福祉を目的とする事業の健全な発達を図り、もつて社会福祉の増進に資することを目的とする」とあります。 社会福祉法人を営利法人と同じ枠にはめ、同等の課税体制とし、皆一律にしてしまう考えで、福祉サービスの利用者の利益の保護及び地域における社会福祉の推進は図れません。 わが国の介護行政の根幹にかかわる議論、引き続き注視をしながら、党における議論においても声を上げて参りたいと思います。 法人税改革に合わせ欠損金繰越控除制度の抜本見直しを 前の記事 第186回通常国会閉会にあたって 次の記事