2014.12.14 提言 介護報酬の大幅引き下げは「介護崩壊」を招く 利益率問題 厚労省は10月3日、平成26年介護事業経営実態調査の結果を発表しました。それによれば主な介護関係サービスの利益率は、特別養護老人ホームが8.7%、訪問介護7.4%、通所介護10.6%であると公表されました。 それを受けて10月8日に開かれた財務省財政制度等審議会財政制度分科会(以下「10月8日財政審」)では、これらの数値を根拠に、「介護サービス全体の平均収支差率は+8%程度と、一般の中小企業の水準(+2~3%弱)を大幅に上回る」ため、「少なくとも中小企業並みの収支差となる▲6%程度の介護報酬適正化が必要」との提案がなされ、介護現場に衝撃が走ることとなりました。 しかし、全国の老人福祉施設を会員として構成する全国老人福祉施設協議会(老施協)が行なった同様の調査、「平成25年度収支状況等調査」では、特別養護老人ホームの利益率は4.3%とされています。同じ施設を対象に行った調査でこうもかけ離れた結果が出るのはなぜなのでしょうか。 利害関係者の老施協側が恣意的な調査を行なったのでしょうか。しかし東京都福祉保健局が行なった同様の調査でも、4.3%という数値が示されています。 それでは厚労省の調査が誤っていたのでしょうか。おそらくそうではなく、3調査とも、データの正確性には問題はないのだと思います。どれも正しい数字だと言えるでしょう。 むしろこのことから言えることは、完全悉皆でない3つの調査を比較し、これだけ数値のばらつきが出たということです。それならば、全部のデータを見た場合のばらつきは、相当なものだということが言えます。 実際厚労省の調査を見てみても、利益率がー50%を下回る施設が一定程度存在する一方で、+50%を上回る施設も存在することが明らかにされています。 従って平均値のみを見て、財務省の主張通り一律の大幅なマイナス改定を断行すれば、利益率を上げづらい中で必死に地域の社会福祉法人がサービスの維持に取り組んでいる過疎地に、「介護崩壊」をもたらすことになります社会福祉法人特有の会計処理 仮に厚労省の試算である8.7%に則ったとしても、これをそのまま中小企業等と比較するのは、そもそも会計基準上無理があります。というのも、厚労省の計算では、「収支差率」を収入と支出の差から算出していますが、その支出の定義は「支出=介護事業費用(給与費、減価償却費等)+介護事業外費用+特別損失-国庫補助金等特別積立金取崩額」となっており、国庫補助金等特別積立金取崩額を控除してしまっています。 しかし、7月23日の提言「社会福祉法人独自の引当金制度創設を」でも詳述しましたが、この国庫補助金等特別積立金取崩額とは、社会福祉法人を創設する際に自治体等から供出された施設整備費補助金を、耐用年数で割り、その額を毎期収益として計上するという、社会福祉法人に特有の会計処理の結果出てくる額です。 あくまで会計処理上この額が算出されただけで、実際に固定資産の経年劣化や消耗の度合いは一般企業のものと何ら変わりません。固定資産の寿命が延びているわけでもありません。 従って、社会福祉法人の経営実態の真実の姿を比較考量したいのであれば、支出の定義から引いた国庫補助金等特別積立金取崩額を戻さなければなりません。このことが、厚労省調査と介護の現場感覚とが大きくかい離している大きな原因の一つであるように思います。 老施協の平成25年度調査でも、国庫補助金等特別積立金取崩額を除けば、収益率は4.3%から0.0%に下がると言われています。これは、中小企業並みどころか、過半数の企業がギリギリの状態でかろうじて経営を維持している実態を示すものです。 厚労省調査の8.7%を基に考えても、国庫補助金等特別積立金取崩額を考慮に入れれば、法人企業統計による全産業の平均収益率である4%とほぼ同じになります。少なくとも社会福祉法人だけが儲け過ぎとの批判は、間違いと言えるのではないでしょうか。介護危機を乗り越えるために 更に厳しい視線が寄せられているのが特養の内部留保で、1施設当たりの内部留保は平均約3億円、全体では2兆円を超えるとされています。しかしこの「平均3億円」は、上記のような社会福祉法人会計独自の処理による国庫補助金等特別積立金取崩額や、一般企業では資本組入をしてしまうようなものまで含まれてしまっているもので、いわゆる企業の内部留保とは全く次元の異なるものです。 社会福祉法人の内部留保を批判するのであれば、社会福祉法人に寄付以外の集金の手段を与えるか、その処分についても一般企業と同じ程度まで柔軟なものにしてからでなければ、ふさわしくないように思います。 大事なことは、この見せかけの利益率と内部留保をもたらす社会福祉法人特有の会計基準の適正化を行うことです。社会福祉法人の収益と内部留保は、今施設を利用しているお年寄り、要介護者の皆様のために、施設を常に適正に、安全に保つ修繕及び新改築等の施設整備のために用いられるべき性格のものです。 そうであるならば、目的を限定して、新改築にかかる金額として引当金計上することを、会計基準上義務化するなどがふさわしいのではないかと思います。 現在、国内には介護職員が約150万人程度いますが、団塊の世代が75歳を迎える2025年には、250万人が必要になるとみられています。この「2025年問題」対策のためにも、介護職員の処遇改善と人員確保は喫緊の課題です。 しかし当然のことながら、内部留保を無理な手段で削減されれば、介護職員の待遇が今以上に悪化することは明らかです。「加算手当等があれば介護職員の待遇は下がらない」との反論もありますが、経営の存続が危ぶまれる中で介護職員の待遇が良くなるはずがありません。 異なった会計基準の下で算出された収益率と内部留保を比較して、一般企業に比べ社会福祉法人は儲かりすぎだとペナルティをかけるほど愚かな行為はありません。閉鎖する社会福祉法人が急増し、利用者の難民化、介護従事者の生活不安、家族等の身体的・精神的負担増につながる「介護崩壊」を招くだけの結果となり、まさに亡国の論と言えるでしょう。 以上の観点から、2015年度の介護報酬改定大幅引き下げは「NO」と、強く主張したいと思います。 神戸医療産業都市を世界最先端の医療拠点に 前の記事 国の針路をあやまたない外国人介護人材の受入れを 次の記事